So-net無料ブログ作成
検索選択

福智山 <筑豊の優峰> [山]

皿倉から香春岳にかけて、北九州・筑豊を縦断するように南北に連なる山々を福智山地といいます。

PB130561.jpg

最高峰である山の名を冠して、この地方の背骨のように横たわる山地の中でも、この山は極めて優しい山容で多くの人々を癒し、惹きつけています。

この山地によって、筑前と豊前が区切られ、自然の国境を形成していましたが、同時に この山によって両国の人々が交流したのではないかと思います。

PB130601.jpg

ほぼ真北に皿倉山を臨み、左右に二つの国を眺める視界は、時には戦慄の風景であり、またあるときにはのどかな融和の景色であったのではないか、と想像は膨らむのです。

PB130584.jpg

山頂からは、いわゆる360度のパノラマで、前々回に触れた「通信」の役割の一端を担ったであろうと同時に、一種の「中立地帯」だったのではないかとも想像します。それは、この山頂に築城の跡がなく、一段低い最高峰をオフセットした鷹取山に城を築かざるを得なかったことも、非武装中立・緊張エリアの存在を匂わせます。

PB130624.jpg

いかにも「天然の要塞」然として遠賀平野を見下ろす鷹取城跡の佇まいに対して、あくまでも寛容でやさしい福智山の山姿が、緊張をほぐし両国の融和を促しているように、私には感じられるのです。

PB130580.jpg

やさしい曲線 の頂部は一面ススキに覆われ、さらにその柔和な表情を増して人々を受け入れる。

しかし、山肌を眺めると・・・

PB130611.jpg

内に秘めた荒々しい気性が、そこここに現れているのに気がつきます。

そして、山頂付近に残る鳥居や祠。

PB130615.jpg

PB130608.jpg

祠の中には「英彦山不動明王」のお札が納められています。福智山は、英彦山の影響を強く受けた修験道の山でもあったのです。数々の奇岩は修験者の修行の跡でした。

PB130579.jpg

修験道は、山岳宗教をベースに密教や陰陽道と融合し、古来から各時代の政治勢力に影響を及ぼすことで、いつの時代にも活動を禁じられることが多かった日本固有の宗教です。その活動は、山の尾根伝いに国境をまたぎ、独自の支配勢力を持っていたとも聞きます。先ほどから述べていた「非武装中立地帯」とは、この第三の勢力が支配した歴史に現れにくいエリアだったのではないでしょうか。黒崎の岡田神社で触れた「ヤタノカラス」も、この勢力ではないかと思います。

PB130592.jpg

このような激しさを内に秘めた鷹揚さが、国境の山系を取り仕切り、まとめる名君のように思えてきます。あるいは、国を治めるものはこうあって欲しいという願いを、この山に映しているのかもしれません。「幸福の智恵の山」、優峰とも言うべき福智山の持つ魅力は、そんなところにあるような気がします。

撮影:R.T. 2008年11月 <10枚とも>


nice!(9)  コメント(22)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

nice! 9

コメント 22

つぼっち

麓から見ると優しそうな稜線ですが、
実際には荒々しい姿をしているのですね。
でも、やっぱり筑豊の人々を優しく見守っているように感じます。
by つぼっち (2009-01-24 23:43) 

keykun

おはようございます。^^
福知山地~
国境に警備の出城。緊急時の狼煙が上がるのでしょうか?
豊かな穀倉地が広がるのどかな風景の下の歴史ですね。^^
by keykun (2009-01-25 09:20) 

お茶屋

まさに天然の要塞!といった感じですね☆

by お茶屋 (2009-01-25 10:10) 

caramelpapa


小学生の頃 登ったときに
国鉄直方駅を利用して行ったのに
帰りは小倉駅を利用

凄く不思議な気分でした

   
by caramelpapa (2009-01-25 16:18) 

赤か毛

つぼっちさん、こんばんは。
筑豊の街、いつか歩いてくださいね。
by 赤か毛 (2009-01-25 20:29) 

赤か毛

keykunさん、どのような風景にも歴史が刻まれていて
それを読み取るのはとても楽しいものです。
そして、自分の故郷の成り立ちを知ると、自分の位置がわかるような気がします。
by 赤か毛 (2009-01-25 20:46) 

赤か毛

お茶屋さん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
by 赤か毛 (2009-01-25 20:48) 

赤か毛

caramelpapaさん、それは楽しい経験をされましたね。
私も、ある日小倉の街から福知山が見えたときには
ちょっと、狐につままれたような気がしました。
この記事を書いたきっかけのひとつになっています。
by 赤か毛 (2009-01-25 21:00) 

takaki-i

福知山、勿論登りました。でもあんな草原風の尾根が続く道だったのかな~
人間の記憶と言うのは本当にあてにならない(覚えていない)物です。
でも、あの石積みのケルンはあの当時からあったように思います。
by takaki-i (2009-01-25 22:37) 

赤か毛

takaki-iさん、おはようございます。
季節が違うと風景が違うのではないかと・・・
でも、何百年か前の風景は、まったく違う植生だったとも
考えられます。
記録に残されていないたくさんの歴史、
気の遠くなるような人間の営みですね。
by 赤か毛 (2009-01-26 08:17) 

wanwanmaru

北九州最高峰で登山好きな知人からも良く聞く名前
です。私は麓の花公園しか行ったことないですが・・。

記事を読んで思ったんですが、人間にとって山って
いろんな役割を持っているんですね。要塞だったり
修業の場だったり、御神体だったり・・。

そこに山があるから登る、この有名なセリフも人間
のごく自然な感覚なんでしょうね。

今年初の訪問になります。遅ればせながら今年も
よろしくお願いします。
by wanwanmaru (2009-01-26 22:53) 

赤か毛

wanwanmaruさん、こんばんは。
こちらこそ今年もどうぞ宜しくお願い致します。

もうひとつ、山は天然の浄水器。
山があるところには名水あり。
先日知人から、嘉穂のお酒、「寒北斗」をいただきました。
とてもおいしいお酒でした。

米にしても、酒にしても北陸や新潟が有名ですが
意外と筑豊の米・酒、そして水も捨てたものではないようです。
wanwanmaruさんおなじみの犀川も、そのことを証明していると思います。
by 赤か毛 (2009-01-26 23:44) 

二つ目草

英彦山、香春岳、帆柱山などの有名処の伝説の山々も、
福智山には従っているような、どっしりとした風格を感じますね。

全国四万四千社あるという八幡宮の総本社宇佐神宮のご神体も、
福智山地の麓から産し、作られた銅鏡だといいますし、
種々の道が連なっていそうで、興味深いです。

by 二つ目草 (2009-01-27 01:19) 

赤か毛

二つ目草さん、おはようございます。
宇佐八幡のご神体は福知山と関係していたのですか!?
ご指摘のように、福知山には筑前側からも豊前の側からも
たくさんの登山口があるようで、さらに皿倉からまたは
香春岳側からの縦断ルートもあり、種々の道が文字通り
福知山を目指しています。
それだけ、多くの関係が重なっていたのでしょう。
もっと掘り下げてみたくなります。
by 赤か毛 (2009-01-28 07:27) 

hobashira

若い頃、よく田代から尺岳・福智と登って上野峡とか、内が磯、道原、
又は採銅所(これは強行軍)へと下りていました。
シーズン中は人も多かったです。(特に若い人が、)
この辺りに筑前と豊前の国境があったと最近知り、昨年登った時、
山頂の石祠を私も写真に撮りました。
南側にあるのが豊前の小笠原藩が祀った「福智神社」、
西側は筑前の黒田藩が祀った「福智社」(鳥野神社)だとか。
両藩の祠に手を合わせて来ました。
by hobashira (2009-01-28 20:12) 

二つ目草

福智山地、正確には香春岳の麓ですが、製銅技術を持つ新羅系渡来人が移り住み、日本で産出される銅の半分以上がここから生産された時代もあったそうです。
宇佐神宮のご神体は香春岳で採掘され鋳造された銅鏡で、八幡神として祀られますが、神功皇后・応神天皇を信仰する大和系と、北辰神を信仰するこの渡来系の闘争の決着を付けるのに、英彦山で修行をしていた法蓮がこの二つの神を統合する八幡神を作り出したという説もあるようです。
さらに、奈良の大仏造立には、宇佐神宮の八幡神の神託によって進められたうえに、香春の銅や鋳造技術が必要でした。
このように信仰と科学技術の渦の中心ともなっていたようです。

by 二つ目草 (2009-01-28 21:28) 

Take4

福知山は、山好きな人に愛されている山です。九重系に行く人もここでトレーニングしています。
私も会社の研修に付き合って、家族5名で登りましたが、大変きつかったです(家内と当時小学生の子供たちは平気だったようですが)。
私も50歳になりましたので、今後、山の趣味でもできればと思いますが、体力がありません(激しく息切れします)。
もっと体を鍛えて、再度チャレンジしようと思っています(頂上の風景は最高ですし、山小屋も懐かしい)。
by Take4 (2009-01-29 12:41) 

響

とっても馴染みある山です。
癒されますが登るのはめちゃくちゃキツかったですよ。
福智ダム側から登りましたが
かなりへばった記憶が・・・
でも、この眺めを見るとまた登りたくなりましたよ。
by (2009-01-30 18:03) 

赤か毛

hobashiraさん、お早うございます。
2枚目の写真で、尾根伝いに広葉樹の帯が残っていて
東西両側から植林された針葉樹の均質な緑のエリアが
迫ってきているのが見えますが、
なんとなく両藩の軍勢が迫っているように見えませんか?
実際、この山を挟んで大規模な合戦は無かったと思いますが・・・
by 赤か毛 (2009-01-31 11:30) 

赤か毛

二つ目草さん、いつも貴重な情報をありがとうございますm(_._)m
以前、香春岳の麓の「採銅所」の銅が大仏に使われたとも教えていただきましたが
またそれにまつわる大きなストーリーにちょっと感動しています。
宇佐八幡の意味や彦山の果たした役割、そして福知山の位置が
改めて見えてきます。
思わず地図を眺めて、しばらく見入っていました。
by 赤か毛 (2009-01-31 11:49) 

赤か毛

Take4さん、九州にはいい山がたくさんありますよね!
英彦山にしても、九重にしても阿蘇にしても、歴史と自然との重なりが
とても複雑で、山自体に強いキャラクターがあるように感じます。
ご家族での山登り、子供さんたちにはとても良い思い出になったのではないでしょうか。
私も同じ年ですので、しばしば山に登れるように余裕ができるといいのですが・・・
なかなかそうも行きません(^o^;
by 赤か毛 (2009-01-31 12:01) 

赤か毛

響さん、最後から2枚目(9枚目)の写真の岩を見ると
ここで響さんが「出でよ!!・・・」とやられたのではと勝手に想像しています。
この山地自体が南北に伸びるように尾根がくねっていますので
大きな神龍のようにも見えてきます。(2枚目の写真)
今度登られることがあったら、またユニークkな響さんのレポート
楽しみにしています!

by 赤か毛 (2009-01-31 12:07) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。