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折尾駅 [保存]

現存する木造二階建ての駅舎は、日本に4つしかないそうです。そのうちの一つ折尾駅はまた、日本最古の立体交差駅でもあります。 明治21年(1888年)博多の方から始められた九州鉄道の建設は、明治24年(1891年)2月28日、遠賀川~折尾~黒崎間が開通しました。

当時の折尾駅は、現在より300mほど黒崎側にあったそうです。同24年8月30日、筑豊興業鉄道が直方~折尾~若松間の開通をみて、それぞれの折尾駅が存在していましたが、明治28年(1895年)11月13日、2社共同の駅舎が完成し、日本最初の立体交差駅が誕生しました。これは、東京駅(1914年)よりも早い開業です。1階を筑豊興業鉄道、2階を九州鉄道が使用していました。

上も行く 下もゆくゆく 折尾駅

現在の洋風木造二階建て駅舎が完成したのは、大正5年(1916年)11月5日のことでした。つまり、去年(2006年)が90周年だったわけです。設計者は不明ですが、この2年前に完成の東京駅を設計した辰野金吾ではないか、とのうわさもあります。

この煉瓦のトンネルはおそらく、今の駅舎より古く立体交差が完成した時期のものと考えるのが自然でしょう。欠円アーチ構造と言われ、土木学会においてCランクの遺構としてリストアップされています。

鹿児島線下りホーム、改札から石の階段を上ったところです。こちらは木造のトラス屋根がかかっています。上りホームの上屋はレールを柱や梁に使った鉄骨造ですが、このレールはカーネギー製ではないか、といわれています。 そう、あのカーネギーホールを創った、鉄鋼王のカーネギーです。

このように折尾駅は、あらゆる面から見て味のある近代化遺産ですが、階段が急だったり、エスカレータがなかったり、あるいは踏切が交通渋滞の原因になっていたりと、改善すべき点が多いのも事実です。 なんとか、貴重な文化遺産としての折尾駅と、現代生活に支障のない再開発を両立させる道はないものかと思います。

<撮影:K.B.>2006年12月※3点とも

 


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二つ目草

はじめまして。
八幡西区在住の二つ目草と申します。
数日前より、とても興味深く拝読させていただいております。
折尾駅構内は散策するといろいろ発見があって楽しいのですが、
やはりかなり由緒ある建物なのですね。
改築のウワサも耳に入ってきますが、ちょっと寂しい気がします。
by 二つ目草 (2007-03-03 22:21) 

赤か毛

二つ目草さん!はじめまして。ようこそ『洞海湾通信』へ、
そしてさっそくコメント頂きありがとうございました。
このページはたった今アップしたばっかりで、手を加えていましたので
コメントいただいた後も内容が少し変わっている(追加されている)と思います。

おっしゃるとおり、いろいろと発見があります。
カーネギーの件は、最近知りましたので、今度帰ったとき鹿児島線
上りホームのレール鉄骨の柱をよく見てみたいと思っています。
柱の脇にカーネギーの刻印があるそうです。
そのほかにもメリーランド製やドイツのクルップという会社のものもあるそうです。

噛めば噛むほど味の出る折尾駅ですが、所有者のJR九州は
保存にあまり積極的でないと聞いています。
このあたり、再開発を主導している北九州市が頑張ってほしいところですが
いかがなものでしょうか?

今後、この記事も時間を見て書き加えたり、関連サイトのリンクを貼ったり
続けてゆきますので、お暇なときにまた覗いてみてください。
今後とも宜しくお願いいたします。
by 赤か毛 (2007-03-03 22:44) 

薩摩飛脚

折尾駅、先日約30年ぶりに構内に入りましたが、やっぱよかですねー!
駅舎の堂々たるのもいいですし、入り組んだ迷路のような煉瓦通路もたまりません。
しかし、飛脚的には何と言っても鹿児島本線の下りホームが一番好きですね!
あの緩やかに左カーブを描いたホームがたまらんとですよ!
こう天井を支える柱の間隔が遠くになるほど狭くなって、最後に視野から
消えてしまう!
なんか遙か彼方へ旅立ちたくなる衝動を抑えきれなくなるくらい
美しい曲線なんですよ!

うーん、この素晴らしいホームももはや風前の灯とのこと...
模型でもなんでもいいから残してって感じです。
by 薩摩飛脚 (2007-03-05 23:22) 

赤か毛

飛脚さん
そうですねー、特に下りホームには東筑軒のうどん屋がありますもんね!
いま、マニラにおりますが、やっぱり日本の風景は味があります。
なんかこう、やっぱり体に浸みついとうとですね、きっと。

構内に入られたのは、30年ぶりですか!?
それでは、以前はいられたときは、現在の折尾駅完成60周年やったわけですね!
光陰矢の如しとは、よく言ったものです。
by 赤か毛 (2007-03-06 19:07) 

薄か毛

小生がまだ幼少だった頃、赤れんがの通路は今のような無粋な側壁ではなかったのに・・・。暗いトンネルから明るいホームへ駆け上がるときの高揚感をまだ憶えています。この側壁には古いものを生かす知恵のかけらも感じられません。
それにしても、飛脚さんの言われるように、「左カーブのホーム」は確かに写真でみると木造の屋根といい雰囲気だしてますね。「折尾駅の歴史」をもっと多くの人に知って欲しいし、歴史的建造物を簡単に消去するのはなんともはがゆいものです。
by 薄か毛 (2007-03-06 23:10) 

薩摩飛脚

そうなんですよ、赤か毛さん。
30年ぶりに鹿児島本線下りホームに立ったときは、あまりに昔日の雰囲気がそのままのこっていましたので、高校時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えました。

ただ残念だったのは、時間の都合で立ち食いうどんが食べられなかったことです。
夕方学校からの帰宅途中によく食べた、かしわのそぼろがたっぷり乗ったうどんを食べたら、さらに懐かしかったでしょうね。
今度行ったら、絶対食べます!

ところで、鉄鋼王のカーネギーは、晩年図書館などの文化施設を作るために多大な寄進をされた方としても名高い方だっのですね。

この日本にもカーネーギーさんのような篤志家が存在していて欲しいものです。
勿論、折尾駅舎の保存のために、です
by 薩摩飛脚 (2007-03-06 23:33) 

赤か毛

薄か毛さんの記憶にある、煉瓦のトンネルの壁、覚えていますよ。
壁が白くぬられたとき、なんとも寂しい感じがしたのを憶えています。

飛脚さん、ぜひかしわうどん食べてください。
また感想をコメントしてくださいね。

いずれにしても、保存できるのなら、知恵を絞りたいですね。
失った後では、二度と戻ってこないものですから。

風来坊さん、ご無沙汰していますが、先日教えていただいた
イギリスの同い年の建築家の番組、やっと見ることが出来ました。
そして、このような古い、歴史のある建物を残せる、資力と知力が
あの国にはあるのだなと思いました。
やはり、文化の土壌の違いは大きいですね。
しかし、彼女の存在も、イギリスでは「数少ない」建築家である
と、紹介されていたのには、ちょっと意外な気がしましたし
イギリスでも、歴史的建造物の保存や再生には苦労しているのだ
ということが分かりました。
いい番組を教えていただいて、ありがとうございました。
by 赤か毛 (2007-03-07 22:49) 

風来坊

イギリスの番組を見て、「俺もあげん建築家になっちみろ」と思って下されば、なにか嬉しいな。まあお仕事のフィールドの中の1分野に入れられるのも面白いのかと。
by 風来坊 (2007-03-08 10:15) 

赤か毛

風来坊さん!!
お久しぶりです。何かと詳しく情報をいただいたのに、
拝見するのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
私事ですが、テレビが見られなくなってしまい、やっと回復した次第です。

建物の改修工事は、割と多く手がけてきたと思います。
正直なところ、新しい建物を作るより面白いと思うこともあります。
1分野として取り組んでいるものを、北九州に限って考えると
歴史的な建物の再生に全面的に取り組んでも良いとも
最近思うようになってきました。

残りの人生をそのように過ごしても良いと思っています。
実際に食って行けるかどうかのバリアがクリア出来るかどうかが問題ですね。(+_+)

今後とも宜しくお願いいたします。
by 赤か毛 (2007-03-08 21:13) 

くろねこ屋

折尾駅もかなりいたんでいるかんじですが
解体なんてことになったら・・・とりかえしがつきませんよね!
是非赤か毛さん立ち上がってください!

それと上野海運さんの事務所にお邪魔したのですが
これがまたかなりステキでしたよ。
建物に入った瞬間タイムスリップした感じでした。
古い建物は維持が大変でしょ?と訊ねたらいやそうでもないいんですよと!作りがしっかりしているからだそうです。なるほどです(^^)
by くろねこ屋 (2007-03-08 21:54) 

赤か毛

くろねこ屋さん、開店準備でお忙しい中、コメントありがとうございます。
着々と進められて、実現にあと一歩。
すばらしいですね!
成功を祈ります。

折尾駅、なかなか難しそうですが、何か行動が起こせればと思います。
まず今どのような状況なのかを知らんといけんですね。
by 赤か毛 (2007-03-09 18:52) 

庵田

コメント&トラックバックありがとうございます。
と同時にこちらのコメントの多いこと! 駅舎への関心の深さをしみじみ感じ入りました。
地元では区画整理事業の問題が先行しており、なかなか駅舎の保存まで立ち入りません。JRに至っては、原則解体という方針で市に対応を迫っている状態です(補助・助成金に対する駆け引きの様相もちらほら、、、)。
直方駅と比較すると、地域の声次第で様々な選択肢が残されているように感じます。来月には第二弾のアクションを打ち出したいと思います(表だって活動するのは性に合いませんが、、、)ので、そのときはまた宣伝したいと思います。よろしくお願いいたします。
by 庵田 (2007-03-10 01:21) 

赤か毛

庵田さん
こちらこそ、コメント感謝します。
折尾駅の最新の状況も想像が付きますが、まだ保存再生の道が全く閉ざされたわけではない、と理解してよいのでしょうか?
であれば、まだ希望はあるので、なにかできることを考えたいと思います。
4月の予定、分かりましたらぜひお知らせください。スケジュールを段取りして、出来る限り参加したいと思います。
どうぞ宜しくお願いいたします。
by 赤か毛 (2007-03-10 09:56) 

Jack_s

河守神社、知りませんでした。18で上京、実家も既に無くなっていた私は、ほんとうに子供目線の行動範囲でしか、生まれ故郷を知らなかったことをつくづく思い知らされます。しかし、ストレートで純な名前の神社ですね。魂や願いや祈り、生活がそのままそこに宿っている気がします。風格のある、いい神社ですね。吉田というと、車返しというところが、確かありましたね。デロリンマンという名の友人がいて、よく泊まりにいっていたことを覚えています。
by Jack_s (2007-03-11 12:18) 

赤か毛

Jack_sさん!
お久しぶりです。小ぶりながら、威風があるいい建物ですよね。
この辺りの宮大工さんの腕は相当良かったようです。
今は、その末裔たちはどうしているのでしょうか?気になるところです。
車返しについては、前のトピックで取り上げていますので、是非読んでみてください。
デロリンマンさんにも、伝えてください。ひょっとして、写真にお宅が写っているかも知れませんよ!
by 赤か毛 (2007-03-11 20:26) 

タラガ

赤か毛さん

こちらにコメントいたします。
創建当時の折尾駅を見ると部材角の比較的小さな構造体を組み合わせて、その間に板材を填め込んだチューダー様式のように見えますよね。
縦長の窓もなかなか味わいがあります。

確か、待合のところの柱の周りに円形のベンチがあったように思います。そこで友人と牛乳を飲んだ記憶が‥‥。今でもあるのかしらん?
by タラガ (2007-03-12 00:08) 

CP

上もゆくゆく下も行く 一度おいでよ折尾駅
なんぼ別れがつらいとも 別れにゃならない 上と下

もう、このスタンプないでしょうね。


私は、折尾駅、
保存には、反対。

折尾駅が移動しなけりゃ、
折尾駅一つになれないみたいだし、
今のままじゃ、いつまでも開けない。

そりゃ、
分解保存できるなら、
それに越したことはないけれど。

ついでにねじりまんぼもね。
by CP (2007-05-14 00:30) 

赤か毛

タラガさん!ようこそ洞海湾通信へいらっしゃいました。
コメント有難うございます。
外観について私は、現在のものよりも創建当時のデザインが好きです。
円形ベンチ、まだありますよ!
そのうち、ベンチの写真も掲載したいと思います。
by 赤か毛 (2007-05-15 00:02) 

赤か毛

CPさん、こんばんは。
確かに、駅前や踏み切り、急な階段など、問題が多すぎる折尾駅とその周辺、絶対に改善が必要と思います。

でも、最近現在の場所に保存しながら、新駅舎の計画も不可能ではないと思いはじめました。なかなかいい案だと思うんですよ、われながら(^o^ゞ
そのアイデアが現実的なものか、実際の開発計画案と照らし合わせて確認したいと思っているのですが…
by 赤か毛 (2007-05-15 00:06) 

caramelpapa


今日の毎日新聞かな

現駅舎での最後のイルミネーション点灯とのこと

来年度中の取り壊しは決定かな?

  
by caramelpapa (2008-11-29 23:15) 

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